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【中国】中国電気自動車(BEV)メーカーの高級路線についての考察

はじめに

誰もが憧れを持つ「高級品」。車に詳しくない奥さんでも、なぜかベンツに乗っている際は上機嫌。高級品は機能価値よりも情緒価値が高く、消費者の「心」を満たしてくれるもの。自動車業界の高級ブランドといえば、ほぼ欧米勢一色であり、中国メーカーを想起する人はおそらく一人もいないであろう。
だが、それはガソリン車時代の話。100年に一度の大変革期である”CASE”時代を迎えた自動車業界では、電気自動車(BEV)の登場により、今までの序列が刷新されようとしている。かつての絶対王者でも、時代の舵取りを間違えれば淘汰されてしまうリスクさえある。逆に言うと、これまで無名だったメーカーにとっては、急成長を遂げて名を挙げるチャンスとも捉えられる。このような背景の中、中国でBEVメーカーは雨後の筍のように現れ、そのなかには高級路線を打ち出すメーカーも数多く存在する。
今回の記事では、なぜ中国BEVメーカーが高級路線を打ち出そうとするのか、高級車に必要な要素は何か、また、どのような方法で高級ブランドを構築するかについて考察を行いたい。

なぜ高級路線を打ち出すのか

中国BEVメーカーが高級路線を打ち出す理由は二つあると考えられる。
(1)高級車は利益率が高い
数多くのブランドを展開しているフォルクスワーゲングループを例に見てみよう。フォルクスワーゲン以外にアウディ、ポルシェ、ベントレー、ランボルギーニ、ブガッティといったプレミアムブランドを保有している。販売台数でみると、フォルクスワーゲンブランドの車が全体の58%を占め圧倒的に多い。ところが、収益を見ると、全く違った世界が見えてくる。例えば、販売台数では僅か全体の4%に過ぎないポルシェが、なんとグループ全体の27%の収益を稼ぎ出している。ポルシェのSUV代表格であるカイエンは、実はフォルクスワーゲンのトゥアレグと共通プラットフォーム(車の土台、基本構造)をしている兄弟車。にもかかわらず、「ポルシェのブランド代を乗せた価格」で販売しており、中国の新興富裕層に大きな人気を誇り、収益に大きく貢献した。

(2)中国で高級車は根強い需要がある
これまでずっと右肩上がりだった中国における自動車販売台数が、2018年に初めて前年割れとなったが、高級ブランドは堅調(図1、図2)。
北京/上海/広州を始めとする1級都市の富裕層を中心に展開している高級ブランドは、前述のように「心を満たしてくれる」存在である。中国では近年、自動車をただの移動手段と捉える人も増えてはいるが、古くから「自動車=自身のステータスやメンツ」という意識が強く、高級車市場では依然としてその価値観の存在が大きいであろう。

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高級車に必要な要素は何か

まず読者の皆さまにフラットに伺ってみよう:車に限らず「高級ブランド」といえば、どのようなブランドを想起されるだろうか。
車ならベンツ、BMW、アウディ、時計ならロレックス、オメガ、鞄ならルイ・ヴィトンやシャネル。いかがだろうか、おおよそ同じようなブランドを想起されたのではと思う。では、これらのブランドの共通要素は何か、筆者が一中国人の見解として抽出してみた。

①勿論、高価であること(中国語で「不买最好的,只买最贵的(良いものより高いもの)」という諺があるほど、高価=高級のイメージがある)
②生産国が先進国であること(基本的に欧米勢。インドの高級カバン?北朝鮮の高級時計?イマイチピンとこない。更に言うと、先進国の中でも特に起源となる国は中国人にとって唯一無二な「神通力」を発揮する、例えば時計=スイス、自動車=ドイツ、化粧品=フランスといった具合。また、高級品の主力ターゲットである30代以上の中国消費者は、少なからず国産品不信、輸入品迷信の意識がまだ存在しているため、先進国/起源国であることは高級につながる大事な要素と考える)
③希少価値があること(至るところで目にするブランドは、中国語で「撞车(被ってしまった)」と言って、大衆ブランドの分類に入ると考えられる)
④個性が強いこと(マスブランドは個性が薄く、高級ブランドに行けば行くほど、個性が強い(下記図を参考))

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左:自動車メーカーのブランドポジション
右:フォルクスワーゲングループのブランドポジション

    出典:『マツダがBMWを超える日 クールジャパンからプレミアムジャパン・ブランド戦略へ』山崎明著

⑤歴史(伝統)があること(ベンツ、ロレックス、ルイヴィトンはどれも伝統のある老舗(テスラは例外。テスラについては後述にて考察する))
⑥製品だけではなく、それに付随するものも高級感があること。例えば、販売店の作りや雰囲気、アフター領域のおもてなし等。(中国では偽物や海賊版が多い。そのため、真似されにくいおもてなしのサービスまであると、正真正銘の本物を示せると考える)

テスラは例外

歴史が短いにもかかわらず、高級ブランドと認知されている例外的なブランドがテスラだろう。
テスラのモデル販売を時系列で整理して、高級路線の要素を再考しよう。

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    テスラ初期のモデル「ロードスター」(2008)

    テスラ「モデルY」(2020)

上記より、前頁で整理した6つの要素に、「インパクトのある、時代の最先端を走る体験」を加えた方が良さそうだ。
テスラは歴史が短い分、「電気でスポーツカーを運転する」という2008年の消費者にしてみれば近未来的とも思われたアイデアが、高級イメージの形成に大きく貢献したと思われる。

中国BEVメーカーの高級路線

テスラの成功は、同じく歴史が短く(精々10年程度)、ほぼゼロベーススタートの中国新興BEVメーカーにとって、高級路線を狙う上で間違いなく大きな手本となるであろう。

例えば中国BEV御三家の中でも高級路線を走る、中国テスラとも呼ばれるNIO(中国名:蔚来)は、テスラ同様にBEV車しか展開せず、価格帯で見ると一番安いモデルのET5でも500万円台。テスラ同様にオーナー同士のコミュニティを作り、「高級会員制サービス」を展開している。 NIOの会員チケットは600万円(実際のところ車本体の代金だが、その比喩)、それを買ったら車がお土産として付いてくるという考え方のようである。各地にショールームと併設された「NIO HOUSE」は、入り口がロックされており、専用のカードキーを持ったNIOオーナーしか入ることができない。中には、コワーキンスペース、カフェ、ミニ図書館、キッズスペースなどがあり、自由に使うことができるという。
生産国が先進国でなく歴史が短い分、「高価」「個性の強さ」「付随するものの高級感」でイメージ作りに乗り出した印象である。

一方、BYDのような、電気自動車以外にも幅広く低価格帯~高価格帯モデルを展開しているブランドは、サブブランドを持つ戦略をとっている。ジャパンモビリティショー2023では、BYDの高級ブランド「仰望」ブースが人気を集めていた。目玉は何といっても2000万円超の大型SUV「U8」。驚異的な360度ターンは、誰が見ても目が惹きつけられる。筆者がそれを見た第一印象は「誰が買うの?」と、その実用性を大いに疑っていたが、少し考えてみれば、テスラロードスター発売当初のように、実用性よりも話題性、高級ブランドを狙うための広告塔であることは容易に想像がつく。

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    ジャパンモビリティショー2023 BYDブースに展示されたU8(筆者撮影)

最後に

中国新興BEVメーカーが様々な施策で高級イメージ作りに励んでいるが、消費者の目は厳しいものだ。
筆者の中国に住む友人数名に「高級車」について聞いてみたが、中国ブランドはまだ上がってこなかった。NIOやBYDへの印象について、なんとなくすごい車を作っているようなイメージはあるが、「高級車」に結びつけるのはどうもまだ違和感を払拭しきれないようだ。中国高級車と言ったらむしろ「紅旗」という名が挙がった(紅旗は毛沢東時代に誕生したメーカー。当時は中国政府高官専用で、国慶節等のパレードで高官たちがそれに乗って巡回した)。
テスラの真似だけで中国でも高級車ブランドを作れるか、もう少し時間をかけて観察したほうが良さそうだ。そして仮に高級ブランドづくりができたとして、テスラと同じくモデル3やモデルYのような廉価版を世の中に出す際に価格や希少性が下がるため、どのように高級ブランドを維持するかも課題と言えよう。


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    執筆者プロフィール
    李 昂(リ コウ)

    人生の1/3を日本で過ごした中国・上海出身リサーチャー。日本人奥さんと1才・5才児の4人暮らし、読書好き。

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    編集者プロフィール
    高橋 謙一郎

    Global Market Surfer運営担当10年以上モビリティ業界のリサーチ、ブランディングに従事。
    休日は少年サッカーのコーチとして、地域の子供たちと汗を流している。

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