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<駐在員コラム>【ベトナム】出産予定日ギリギリまで働く妊婦 ベトナムの出産事情と国立病院での出産体験談

ベトナムの人口は2023年、1億人に到達した。ベトナムの2023年の合計特殊出生率は1.95で、2012年から2.0台をキープしていたが、減少傾向にある。同年のベトナム全国の出生数は約140万人で、日本の約2倍である。統計局によると、2044年に人口が1億700万人のピークに達すると予想されている。

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筆者は2023年夏、ホーチミン市にある国立病院で第一子を出産した。同時期に社内に2名妊婦がいたこともあり、ベトナム人の同僚から妊娠出産のあれこれを教えてもらった。

このコラムでは、筆者の体験と現地報道を織り交ぜながら「ベトナムの産休制度」「産前のベトナム人妊婦の習慣」「国立病院での出産体験談」「質の高いサービスを提供する私立病院」について紹介していきたい。レートは1円165ドンで計算した。なかなか知る機会のないベトナム人妊婦の習慣や病院側の事情などが、何らかの形で読者の方に役立てばうれしい。

1.ベトナムの産休制度

ベトナムは共働きが当たり前の社会だ。日本のような配偶者控除はなく、健康な男女は働きに出る。また、妊娠中であっても、出産ギリギリまで働く人がほとんどである。職場で同僚達と過ごしたい、家で一人だと寂しいなど、元来人と一緒にいることが好きな性格もあるだろうが、バイクで家族に送り迎えしてもらうなど通勤時の身体的負担が少なくて済むということもあるだろう。実際、筆者は出産10日前まで出勤していたし、同僚の中には出産2日前まで勤務していた。

この章では、産休制度について取り上げたい。

ベトナムの産休期間は、産前産後合わせて6か月で、日本と比べると格段に長い。その間、給与の100%相当の社会保険給付金が支給される。医師の許可があれば産休期間中でも仕事に復帰することができ、その間は社会保険からの給付金と会社からの給与を両方受け取ることができるため、産休を早めに切り上げて職場復帰をするたくましい母もいる。ベトナムには育休制度がないため、殆どの女性は産休が終わると、実母や義母に子供の面倒を見てもらったり、保育園に預けたり、ベビーシッターを雇ったりして職場復帰する。また企業側も、労働法の定めにより妊娠中・産休中の女性労働者、満12か月齢未満の子供を養育中の労働者を解雇することができない。そのため、出産による退職は珍しい。

2.産前のベトナム人妊婦の習慣

仕事をしながら新しい家族を迎える準備も並行して行っている。いくつか紹介したい。

ベビー用品は、ミルクからおむつ、衣類や布団に至るまでスーパーでも一通り売られているので手軽に購入することができる。また、都市部にはマタニティー用品やベビー用品専門店があちこちにあり、需要の高さが伺える。大手ベビーグッズ専門チェーン店コンクン(Concung)は、全国に600以上の店舗を展開している。

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    ベビーグッズチェーン店Concung(公式HPのスクリーンショット:https://concung.com/

ちなみに、ベトナムでは胎児の性別事前告知が法律で禁止されているので、ベビーシャワーのような習慣はない。性別がわからないとベビー用品の準備に困ってしまいそうだが、実際には国立病院以外では、こっそり性別教えてくれるため、あまり困っていないようだ。

粉ミルクのサンプル配布は、母乳育児促進のため法律上禁止されている。生後6か月未満の離乳食等も同様だ。サンプル体験ができない環境の中、ママたちの重要な情報源は身近な人の体験談やSNSである。例えばFacebookには、Lần Đầu Làm Mẹ *1(初めて母になる)60万人、Tâm Sự Làm Mẹ*2 (母親体験シェア)58万人など大規模なママ向けFacebookグループがあり、育児、ベビーグッズ、粉ミルク、おむつ等の情報交換が行われている。ちなみに、Digital 2024 Vietnam*3によると、ベトナム人16‐64歳のモバイルデバイス保有者のうち、スマホ保有率は97.4%で日本の95.7%を上回っている。

    1 https://www.facebook.com/groups/SaiGonQueToi

    2 https://www.facebook.com/groups/608725276132003

    3 https://datareportal.com/reports/digital-2024-vietnam

3.国立病院での出産体験談

ここでは、筆者が出産したホーチミン市にある国立病院ツーズー産婦人科病院を一例として、診察、入院についてみていきたい。

ツーズー産婦人科病院は、ベトナムトップクラスの産婦人科病院である。かつてベトナム戦争の枯葉剤の影響で結合双生児として生まれたベトちゃん・ドクちゃんの分離手術が日本赤十字社の支援のもと行われたことで知られている。この病院の患者数は1日約3,000人、医師数は約350人と数字からも病院の規模がわかる。分娩数は1日当たり約200件で、文字通り「経験豊富」な国立病院の医者たちが揃っている。一方、効率重視なので、プライバシーは二の次で、さらには完全看護ではないため産婦と家族に大きな負担がかかる。

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    男性は原則立ち入り禁止。付添人はプラスチック椅子に座って診察が終わる妊婦を待つ。(筆者撮影)

効率重視の診察と入院

とにかく数多くの患者をさばくため、室内に他の妊婦が4~5人待機しているにもかかわらず、診察中に妊婦を隠すカーテンがきちんと閉められていないなんてことは当たり前。他の妊婦の問診内容も丸聞こえである。こんな環境だから、男性が診察に付き添うことは禁止されている。担当医制ではなく、流れ作業のように医師の間を行ったり来たりするため、エコーや問診は数分で終了するのに診察が終わるまでに何時間もかかってしまう。こんな状況のため、国立病院で出産を予定している妊婦でも、検診は近所の個人開業医や民間クリニックで行うケースが多い。

入院期間も短く、経腟分娩なら2泊、帝王切開でも4泊で退院する。病床数が限られており、重病患者を多数受け入れているため、元気な人はさっさと退院してもらうということなのだろう。私立病院だと若干長くて、普通分娩は3泊、帝王切開は4、5泊である。

ベトナムにおける帝王切開率は37%(2022年)で、日本は22.4%に比べて非常に高く、近年増加傾向にある。ベトナムでは縁起のいい日に産むために、帝王切開で産む例が多いのだが、近年では医療の進歩により帝王切開が必要な症例の早期発見が可能になったことも増加傾向の一因となっている。

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    筆者が産後入院した二人部屋(一泊60万ドン:3,600円)。患者を隠すカーテンがない。トイレ、シャワー、冷蔵庫は共用。シングルサイズベッドに産婦と新生児、その隣に簡易ベッドを組み立てて付添人が寝る。(筆者撮影)

家族が新生児と産婦を看護

完全介護がない中、特に帝王切開をした産婦はベッドの上から動けないため、家族のサポートが必須となる。産婦の食事は、家族が外から持ち込むか、または病院の食堂で買うなどして自前で用意しなければならない。新生児診察のために別室に移動するときには、ツーズー産婦人科病院の看護師は新生児を抱いての移動が禁止されているため、家族が新生児を抱きかかえて移動する。過去に看護服を着た女が他人の乳児を連れ去ろうとした事件が発生したからだ。

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    産後二日目の食事、病院の食堂で4万ドン(240円)で購入(筆者撮影)

病院側が販売している入院バック

日本では自分で入院に必要なものを予め買い揃えておく必要があるが、ツーズー病院では入院セットが販売されていて、初産の人にとってはとても便利である。入院バックの中身は(下の画像左から)産褥パッド、フェイスタオル、歯ブラシ、水筒、ブランケット、使い捨てショーツ、授乳カップ、紙ナプキン、産褥ショーツ。そしてベトナムで全く一般的ではないのだが、へその緒ケースが入っていた。へその緒を保管する習慣は日本独自のもののようなので、同病院がベトちゃんドクちゃん手術以降日本の病院との交流が深いことから取り入れられたのかもしれない。なお、病院側からパジャマは提供されるが、枕とブランケットは自分で準備しなければならない。

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    入院セット約40万ドン(2,400円)

4.質の高いサービスを提供する私立病院

ベトナムの国立病院は非常に混んでいるので、私立病院で出産する人が増えている。近年は、私立病院での出産費用までカバーしてくれる民間健康保険を購入している人も多い。

例えば、ホーチミン市の外資系FV病院では、産後は広く清潔な個室で過ごし、3食提供される食事は妊婦が選べるし、おやつまで用意される。当然、看護師が必要な時に新生児のお世話をしてくれる。

2023年3月開業したホーチミン市のフオンナム病院は、五つ星リゾートのような豪華サービスが受けられるのが売りである。安全性と快適性を優先した最新の「VIP」分娩室のほか、個室の中には付添人用が宿泊するための別室まで設けられている。出産後はレストランのような豪華な食事、マッサージサービス、ハーブヘアーシャンプー、高級化粧品を使ったスキンケアなど、産後の癒しを提供している。

料金は、最上級パッケージ(経腟分娩4泊)で1億8千万ドン(109万円)。国立ツーズー病院のVIPパッケージ(経腟分娩4泊)3,100万ドン(18万円)、私立FV病院の(経腟分娩3泊)VIPパッケージ5,700万ドン(34万円)に比べると破格である。

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    フオンナム病院のVIPパッケージの個室(公式ホームページのスクリーンショット)
https://phuongchau.com/benhvienphuongnam/goi-sanh-sama

5. おわりに

現在、合計特殊出生率が減少傾向にある中、産科の需要も減少傾向にあると言えるが、一方で経済成長と共に子供一人に対してかけられる費用が増加し、出産もお金をかけ快適に過ごしたいというニーズが高まっている。また、不妊治療など高額な費用がかかる治療を積極的に受ける人も増えている。今後は妊婦ごとのニーズに合わせて病院サービスが多様化していくことが見込まれる。


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    執筆者プロフィール
    牧野友紀(まきのゆき)

    INTAGE VIETNAMにおいて、カスタマーサポート担当。現在はリサーチャーアシスタントとして、現地在住8年の視点から現地の生情報やデータ収集サポートを行う。様々なデータを用いた分析結果と改善策を各業界のクライアントに提供している

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    編集者プロフィール
    インテージ

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