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【インドネシア】病院にかかることに抵抗あり?インドネシア生活者の健康意識と対策

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インドネシアは世界で4番目に人口の多い国で、2億7,900万人以上が暮らしている(*1)。インドネシア経済はここ数十年、驚異的なペースで成長を続けており、すでに世界第16位の経済大国である。急速な経済発展に伴い、平均寿命、そして一人当たり所得は増加している。しかし、医療が未発達なこともあり、人々の健康状態の悪化や健康格差は顕著であり、これが様々な問題を引き起こしている。(*1)

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潜在的な問題のひとつは、健康に関する人々の意識・知識の低さだ。多くのインドネシア人は、健康維持や病気予防に対する関心や健康状態について医療機関に相談するといった意識は低いと言える。その意識の低さを反映しているのが、過去5年間に病院に行った人の割合(下図)である。インドネシアの全人口のうち、過去5年間に医者(病院)に行った人の割合は30%を下回っている(*2)。これは、健康な状態であっても病気のときであっても、医師は好んで会う相手ではないことを示している。インドネシアの人々は、医師にかかることに抵抗があるのだ。

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出典: Statistics Indonesia, Government bureau (*2)

病気や体調不良の場合も、自然療法(ジャムウ)やOTC薬を飲むだけ、というケースも結構見られる。 悪化して「もう立っていられない」となった場合に初めて、医者に診てもらうのである。医者にかかるくらいなら多少の苦しみには耐えられるというわけだ。なぜそうなるのか。その要因を3つに分けて考察してみたい。

1. 医師に対する悪いイメージ

医者にかかること、特に(クリニックではなく)病院の医者へかかることは、ほとんどのインドネシア人にとって「怖い」と感じることである。具合が悪くなったとき、医者は「代替案」であって、本命の対処法ではない。まず最初にすることは、普段飲んでいる、あるいは両親や姉妹、親しい友人など、大切な人から勧められた、自然療法(ジャムウ)やOTCを飲むことである。インドネシアでは、医師に対して信頼ができないといった口コミが日々あふれている。

では、なぜ人々は医者に対して信用を持たず、医者にかかるのが怖いと感じるのか?

医師からの“決めつけ”診断・誤診

多くの人は、「インドネシアの医師は、患者の病気に対して非常に悪い、あるいは深刻な診断を下しがちだ」という認識を持っている。単純な症状なのに、大げさな診断をされてしまうのだ。これは、患者がもっと薬を飲まなければならない(すなわち医療費がより高価になってしまう)ことを意味する。同じ症状でも、インドネシア国外の医療機関で受診した場合はそれほど深刻な診断が下されないというケースもよく聞く。

筆者の個人的な経験を一つ紹介すると、筆者の知人がデング熱でA病院に入院していたが、治療の途中で、患者はデング熱のほかに結核も患っているとの診断を受けた。患者はセカンド・オピニオンを求めてB病院に行って肺の専門医の診察を受け、いくつかの処置を受けた結果、結核ではないことが判明したのだ。これは知人にとってショッキングな出来事であった。

インドネシアではこのような事態がこの知人以外の多くの人にも起こっており、こうした誤診は医療機関に対する人々の不信感を生む原因になっている。

医療ミス

ネットメディア(ニュース、ソーシャルメディア)や親しい知人・家族からの口コミとして実際にはよく耳にする話として、医師による誤診に加え、最悪の場合、誤った医療行為によって障害や死亡につながったりしたという話がある。例えば実際に報道された例(*4)は以下の通りだ。

帝王切開手術で出産する際の誤った医療行為:帝王切開手術がうまくいかず、出血が起こり、医師は母親の子宮を摘出することにした。手術後、女性は排尿がしづらくなった。女性は帝王切開が行われた病院とは別の病院で検査したところ、帝王切開が原因で尿路が侵されている(絞扼されている)ことが判明した。

このような話はどこにでもあり、インドネシアのほぼ全土に広がっている。すべての医療機関で同じような問題が起きているわけではないが、特に小さな町では、このような問題が起きる可能性は高い。

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出典: (*4)

医師の数・質の不足

上記のような事態の要因として、インドネシアの医師の量・質の低さが指摘されている。OECD(経済協力開発機構)の定める医療水準を満たそうとすると、インドネシアには現在の15倍の医師数が必要なのである。需要と供給のギャップは、年間680億ドルの未対応医療ニーズに相当すると見積もられている。(*1) 

2. BPJS(国民健康保険制度)の手続きの面倒さ

BPJSを利用する場合、病院での手続きやステップが多く、それに耐える必要がある。例えば、患者が複数の科を受診する必要がある場合、BPJSを利用している場合は1日に1つの科しか受診できない。また、診察の待ち時間も、個人支払を利用している(BPJSを利用していない)患者よりも長くかかってしまう。

3. 質の高い医療へのハードルの高さ

上述の通り、国内の医療システムやインフラに対する人々の信頼は低く、特にインドネシアの大都市以外では、インドネシアの医療人材が不足しており、インフラも限られている。

そんな中で質の高い医療を受けたい場合の選択肢は、国外の医療機関を受診することである。実際、年間60万人以上が治療のために近隣諸国を訪れている。このような医療ツーリズムの直接費用は、2006年以来年率10%以上で増加しており、現在では年間19億ドル近くに達している。間接的な支出を含めると、年間コストは40億ドル近くになる。(*1) しかし、こうした国外の医療機関を受診できる人はごく一部に限られている。

こうした医療へのハードルの高さから、なかには「医者に行かなければ心の平穏を維持できる」と考える人すらいて、正しい医学的観点に基づいた「健康」の状態についての知識・認識が不足しているともいえる。とはいえ、長いコロナ時代を経て、インドネシアでも病気を予防するために健康を維持しようという意識は少しずつ高まっている。インドネシア人にとってのメジャーな健康維持法をいくつかご紹介しよう。

インドネシア流 健康維持・対処法

1. 自然療法/ジャムウ

病気になりそうなとき、あるいはすでに病気や不調を感じているときは、何よりもまず自然療法やジャムウを摂取することだ。自然療法/ジャムウは 通常、病気が始まり、不調や痛みと感じたときに摂取する。長期的な免疫力を維持し、健康な状態を維持するための予防としてジャムウを摂取する。インドネシア人が自然療法を選ぶ理由は、入手しやすいこと、化学薬品が少ないこと、副作用が少ないこと、価格が手ごろであることが挙げられる。自然療法(ジャムウ)は、ハーブや天然成分(ショウガ、ハチミツ、ウコン(クルクマ)、ライム、シナモンなど)で作られ、通常、飲料として飲まれることが多い。自家製のものを飲む人も多いし、または既製品として店頭で販売もされている。自家製の場合は、スプーン1杯の蜂蜜、ハーブ(生姜、ウコンなど)をお湯で割るか、ライムまたはレモンと組み合わせて飲む。

2. エクササイズ

インドネシア人は運動に興味がない人が多い。
ウォーキングは毎日できる最も簡単な運動であるが、インドネシアでは元々、ほとんどの人にその習慣がない。それは、歩道が歩くのに適していないこと(凸凹の舗道、多くの路上での行商人、渋滞中のバイクの横断など)、じめじめした蒸し暑い気候、毎日バイクで家から職場まで通勤していることなどが要因だ。

しかしこの傾向には最近若干の変化があり、特にコロナ時代以降、運動への関心が高まってきている。年齢を問わず、多くの人が日々の運動を始めている。最も一般的なのはウォーキングとランニングだ。そのほか、バドミントン、テニス、ゴルフを好む人も多い。これらは主にSEC(社会経済クラス)の中・上クラスに好まれている。

3. サプリメント

ビタミンやサプリメントを摂取することも普及してきている。「健康維持のため」というより、「病気の予防のため」という意識で摂取している人が多い印象だ。自然由来の成分で、身体に必要な基本的な栄養素のものが好まれている。一般的によく摂取されている成分は、ビタミンC、ビタミンB、ビタミンA、ビタミンD等である。

特に、単一成分のサプリメントよりも「マルチビタミン」サプリが好まれていて、「ワンストップ・ソリューション」として、多ければ多いほど良いと考えられている。

4. OTC医薬品

家族や親しい知人などから勧められたOTC薬を服用する。 クチコミがあるので信頼でき、身の回りのミニマーケットで簡単に手に入る。

インドネシアにはこんなことわざがある。
 “Mencegah lebih baik dari Mengobati”(「予防は治療に勝る」)


インドネシア人にとってよく知られたことわざなのだが、実際には逆のことがよく起きていて、病気や不調に対しては「予防」よりも「治療」がポピュラーであった。その治療法自体もさまざまで、病気・不調のときすぐに医者に行くわけではなく、病気・不調にうまく対処しながらやっていこうというのがインドネシア流だ。
しかしコロナを経て、長い道のりではあるがインドネシアの人々の意識も「治療」よりも「予防」「健康維持」に向かっていくのではないかと考えている。

     出典:
            1.    the-future-of-the-indonesian-healthcare-ecosystem.pdf
            2.    https://www.bps.go.id/id/statistics-table/1/MTYyMCMx/persentase-penduduk-yang-berobat-jalan-sebulan-terakhir-menurut-provinsi--dan-tempat-cara-berobat--2009-2022.html
            3.    https://databoks.katadata.co.id/datapublish/2023/07/13/penduduk-indonesia-tembus-278-juta-jiwa-hingga-pertengahan-2023
            4.    https://www.detik.com/sumut/hukum-dan-kriminal/d-6134267/ibu-hamil-ngaku-korban-malpraktik-di-sibolga-sempat-tak-bisa-pipis/1


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    執筆者プロフィール
    Grace Sininta

    ジャカルタ在住のインテージインドネシア定性リサーチャー。マーケティングリサーチに15年間携わり、様々な業界・カテゴリーの様々な調査手法(特に定性調査)のプロジェクトに携わってきた。生活者を観察し、なぜ人は多様な考え方や感じ方をするのだろうと考えるのが好き。

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    編集者プロフィール
    インテージ

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