
1.はじめに
のんびりとした空気感の中にも、効率やスピードを重視する場面が多く見られる——それが台湾という国の特徴である。
親日的な国として知られる台湾には、優しく親切な人が多い。困っている人を放っておけない国民性は、日本人にとってもなじみ深い。東日本大震災の際に約250億円もの義援金が集まったエピソードは、その象徴的な出来事といえるだろう。
日常会話でも、「ゆっくりでいいよ」を意味する「慢慢來(マンマンライ)」や、「大丈夫、問題ないよ」を意味する「沒關係(メイグァンシー)」といった言葉が頻繁に使われる。こうした表現からも、穏やかで寛容な気質がうかがえる。
一方で、実際に長く生活してみると、その和やかな雰囲気の裏側に、意思決定や行動の速さを重視する一面があることに気づかされる。
台湾では、物事を進める際に「効率よく、素早く進めること」を意味する「阿莎力(アッサーリー)」という言葉が使われる。この言葉は日本語の「あっさり」に由来しており、日本統治時代の影響が現在も言語の中に残っていることを示している。
中国語(台湾華語)を中心としながらも、閩南語(びんなんご:中国・福建省南部で話される言葉)に由来する台湾語が併用される台湾では、日本語由来の単語も数多く残っている。「りんご」や「おしぼり」などもその一例だ。
特に筆者は、日本人と台湾人のビジネスシーンにおいて、この「阿莎力」という言葉を頻繁に耳にしてきた。正確性を重視し慎重に進める日本人に対し、台湾人はよりスピード感のある意思決定を求める傾向がある。この違いは、両者の国民性の違いを象徴している。
こうした台湾人の特性に寄り添うかたちで、ヒットしている商品やサービスも数多く存在する。本記事では、穏やかさとスピードを併せ持つ台湾の国民性を、具体的なトレンドを通じて読み解いていく。
2.多機能性が“調理のスピード”を生むロングセラー
1960年から台湾で販売されている炊飯器「大同電鍋(ダートンディエングォ)」は、台湾の家庭に欠かせない存在だ。家庭あたりの所有台数は1.7〜1.8台とも言われており、その普及率の高さが生活への浸透度を物語っている。
大同電鍋の特徴は、炊飯にとどまらない多機能性にある。蒸す、煮込む、温めるといった調理を一台でこなすことができ、忙しい台湾人にとって効率的に食事を準備できる家電として長年支持されてきた。海外旅行や留学の際に持参する人もいるほど、生活インフラとして定着している。
SNSでは、ステンレスの器を重ねて一度に複数の料理を調理する様子が数多く投稿されており、「同時調理による時短」という使い方が広く共有されている。こうした合理的な活用方法も含めて、台湾人の「効率よく、手早く済ませたい」という価値観に合致している点が、60年以上にわたるロングセラーの背景にある。
大同は2024年、この電鍋の思想を引き継いだ新商品「輕享料理組(チンシャンリャオリーズゥ)」を発売した。多機能炊飯器に温度調節可能な電気ケトルを組み合わせたセットで、1つの加熱台を共有する設計になっている。
炊く・蒸す・煮る・炒めるといった調理に加え、お湯を沸かしてお茶やコーヒーを淹れることも可能で、幅広い用途に対応する。コンパクトで場所を取らず、操作もシンプルであることから、一人暮らしの若者や高齢者を中心に支持を集めている。価格は約2万円前後(販売サイトにより差あり)。2025年には台湾精品獎(TAIWAN EXCELLENCE)も受賞している。
単身世帯の増加が進む台湾において、「一台で完結する」「洗い物が少ない」といった要素は、日常の効率を大きく左右する。こうした機能設計は、スピードと合理性を重視する台湾人の国民性と高い親和性を持つといえる。
3.「飲む」と「食べる」を同時に満たす、台湾の手搖飲(ショウヤオイン)文化
効率やスピードを重視する価値観は、台湾の飲食スタイルにも色濃く表れている。
亜熱帯気候の台湾では暑い日が多く、街中には「手搖飲(ショウヤオイン)」と呼ばれるドリンクスタンドが数多く並ぶ。2025年時点で年間約10.7億杯が消費され、店舗数は約16,000店に達している。現在も増加を続けており、毎月平均40店舗が新たにオープンしている状況だ。
タピオカミルクティーやフルーツティー、フレッシュジュースなど、日本でもなじみのあるメニューに加え、近年は健康志向の高まりを受け、無糖の台湾茶や紅茶なども人気を集めている。
その中でも、特に若者を中心に支持されているのが、「咀嚼系(ジュージュェシー)」と呼ばれるドリンクである。タピオカ(珍珠)や粉粿(フェングォ)、プリン、寒天など、食感のある素材を加えた“噛むドリンク”であり、台湾ではもちもちとした食感を表す「QQ(キューキュー)」が好まれる。
これらのドリンクは、単なる飲み物にとどまらない。片手で飲みながらスマートフォンを操作できる手軽さに加え、ボリューム感もあるため、1食として代替するケースも少なくない。忙しい日常の中で、「食べる」と「飲む」を一度に済ませることができる点が支持されている。
さらに、頻繁に登場する新商品や、キャラクターとのコラボカップなど、SNS上での拡散性も高く、若者にとっては“持ち歩くライフスタイルアイコン”としての側面も持つ。
こうした手搖飲は、効率よく、手早く、かつ楽しみながら食事を済ませたいという台湾人の価値観を体現する存在である。「飲む」と「食べる」を融合させたこのスタイルは、単なるトレンドではなく、日常に根付いた合理的な食文化といえる。
4.咀嚼系の進化が生む“台湾らしさ”の再編集
こうした「咀嚼系ドリンク」は、近年さらに進化を遂げている。単なる食感の付加にとどまらず、台湾の伝統食や文化を取り込みながら、新たな価値を生み出している点が特徴だ。
人気ドリンクチェーン「一沐日(ユィームーリー)」の看板商品「逮丸奶茶(ダイワンナイチャ)」は、その象徴的な存在である。竹の香りをまとったミルクティーをベースに、台湾の伝統食である「草仔粿(ツァオ・アークェイ)」の餅部分を小粒状にして加えている。
「逮丸」は台湾語で「台湾」を意味する言葉であり、ドリンクそのものが“台湾らしさ”を体現する設計になっている。伝統食を咀嚼系ドリンクに組み込むことで、新しさとローカル性を同時に打ち出し、SNS上でも大きな話題となった。
また、若者に人気のドリンクチェーン「萬波島嶼紅茶(ワンポーダオユィホンチャ)」は、2025年11月に限定商品「米麻糬芋泥奶茶(ミーマーシュゥユィニーナイチャ)」を発売した。タロイモペーストと柔らかい餅を組み合わせた一杯で、ミルクティーの中に複数の食感を重ねている。
この商品は、ストローではなく箸で餅を持ち上げ、その伸びる様子を撮影してSNSに投稿するスタイルが若者の間で広がり、視覚的な楽しさも含めて話題となった。
これらの事例に共通するのは、「飲む」と「食べる」の融合に加え、伝統食・食感・視覚体験を一体化させている点にある。1杯の中で複数の価値を同時に提供し、短時間で満足感を得られる設計は、効率とスピードを重視する台湾人の価値観と強く結びついている。
さらに、こうしたドリンクは単なる時短食品ではなく、SNS上で共有されることで“体験”として拡張される。手軽さと話題性を同時に満たすこの構造こそが、現在の台湾における手搖飲の進化形といえる。
5.まとめ
「慢慢來(ゆっくりでいいよ)」という言葉が日常に根付く台湾は、穏やかで寛容な社会というイメージを持たれやすい。
しかし実際の生活の中では、意思決定や行動においてスピードと効率が強く求められている。多機能家電による同時調理、手搖飲に見られる“飲むと食べるの一体化”、さらには伝統食を取り入れた咀嚼系ドリンクの進化——これらはいずれも、限られた時間の中で最大限の満足を得ようとする合理的な発想から生まれている。
台湾における「効率」とは、単なる時短ではない。手軽さ、満足感、さらにはSNSで共有できる体験価値までを含めて、一つの消費として成立している点に特徴がある。
穏やかさとスピード、一見相反する要素が共存していることこそが、台湾という市場の本質である。この二面性を理解することが、商品開発やマーケティングを考える上での重要な視点となる。
半導体やIT産業だけでなく、日常の消費の中にもこうした合理性と創意工夫が表れている台湾。今後もその動向に注目する価値は高い。







