<駐在員コラム>【インド】インドのゲーム市場の現状と今後の可能性
- 公開日:2025/05/21
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インドのゲーム市場は、2024年に約38億ドル(約5500億円)の規模を誇り、2029年には92億ドル(約1.3兆円)に達すると予測されている。特にモバイルゲームが市場を牽引しており、5億9,000万人以上のユーザーがスマートフォンを通じてゲームを楽しんでいる。この人気の背景には、手頃な価格のスマートフォンやインターネットの普及がある。
Lumikai『State of India Interactive Media & Gaming Research FY’24』より筆者作成
一方で、家庭用ゲーム機の普及は限定的で、主に高所得の若年層が利用層の中心となっている。その背景には、「ゲームは“無料で”“暇つぶしのために楽しむもの”」という価値観が根付いていることも一因と考えられる。
本コラムでは、現地での実感を交えながら、インドのゲーム市場の現状と今後の可能性について考察する。
モバイルゲームの普及
モバイルゲームは、アクセスのしやすさから高い人気を誇っている。インドにおけるスマートフォン保有者数は2024年時点で約8億8,300万人に達し、都市部ではフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)を見かけることはほとんどない。スマートフォンの平均価格は約300ドル(約42,900円)で、中国製や旧型の安価な端末が多く流通している。通信費も非常に安価で、1日1GB利用可能なプランが月額200ルピー(約350円)程度で提供されている。このような環境が、モバイルゲームへのアクセスを容易にしている。
モバイルゲームのダウンロード数においてインドは世界第2位で、中国に次ぐ規模を誇る。幅広い世代に人気のタイトルは、Coin Master や Candy Crush などのカジュアルゲームで、街中ではチェスやテトリスなどのゲームをプレイする年配ユーザーの姿も見受けられる。若年層には、BGMIや Free Fire といった、いわゆる“Midcore”ゲーム が人気を集めている。(※1)
Google Play Ranking 2025 より筆者作成
一方で、RPGのような育成型ゲームはあまり普及しておらず、実際にプレイしている人を見かけることはほとんどない。カジュアルゲームが人気な理由として、以下の点が考えられる。
1. 短時間で楽しむことができる
多くのインド人にとって「ゲーム=暇つぶし」の意識があり、短時間で楽しめるゲームが好まれる。
2. 無料で楽しめるゲームが豊富
チェスやテトリス等の王道ゲームからインド独自のボードゲームまで、カジュアルゲームは種類が豊富かつ無料で楽しむことができる。
3. 低スペック端末への対応
多くのユーザーが低価格帯のスマートフォンを利用しており、容量が大きいゲームはストレスの要因になっている可能性がある。通信環境の不安定さも大容量のゲームプレイの妨げになっていると考えられる。
4. シンプルなルール設計
英語はインドの準公用語だが、非ネイティブである人が多く、複雑な内容は理解の妨げになりやすい。カジュアルゲームの中には、複数言語対応のものも存在し、幅広い層に受け入れられている。
各アプリをもとに筆者作成
こうした背景から、無料のモバイルゲーム、特にカジュアルゲームがインドのゲーム産業 市場において中心となっている。
PCゲームおよび家庭用ゲーム機の現状
PCゲームや家庭用ゲーム機市場は、2026年時点でも全体の1%程度のシェアにとどまると予測され、モバイルゲームが市場を専有している状況に変わりはない見込みだ。この傾向の背景には、前述の通りモバイルゲームの手軽さがある。インドの平均月収は約32,000ルピー(約55,000円)と言われており、PlayStation(約50,000ルピー=85,000円)に代表される家庭用ゲーム機の購入は多くの人にとって簡単ではない。さらに、家庭用ゲーム機にはテレビ画面が必要となるため、家族と同居していることが一般的なインドでは、自由に使用することは難しいだろう。
また、多くの人が幼少期にゲーム機を持たず、スマートフォンで初めてゲームに触れたという点も、日本との大きな違いだ。そのため、「ゲーム=無料で楽しめるもの」という価値観が根強く、PCゲームや家庭用ゲーム機へお金を払うことへの抵抗感があることも見逃せない。
それでも近年では、PCゲームおよび家庭用ゲーム機市場も成長の兆しを見せている。2025年から2034年にかけての年平均成長率(CAGR)は、PCゲームが約7%、家庭用ゲーム機が約5%と予測されている。2025年1月にバンガロールで開催されたコミコン(※2)のゲームブースでは、PCゲーム関連が全体の50%以上を占めており、前年のVR中心の展示からの変化が印象的だった。
コミコン2025 in Bangalore の様子
また、都市部ではオンラインゲームカフェがあり、PCやPlayStation、Xbox、VR機器などをリーズナブルな価格で楽しむことができる。PCゲームであれば、1時間100ルピー(約180円)でプレイでき、平日夜でも多くの若者が訪れていた。
ムンバイのオンラインゲームカフェ(左:PCゲーム、右:PlayStation)
今後の可能性
インドのゲーム市場には、今後さらなる成長が期待されている。成長を促進する要因や今後の可能性について、筆者の考察を記述したい。
1. 若年層の多さ
2024年時点で35歳以下の人口は約6億人を超え、全体の45%を占める。2025年の年齢中央値は28.8歳で、テクノロジーに親しんだ世代が市場を牽引している。若年層がインドのゲーム市場を牽引する傾向は今後も続くと考えられる。
2. ハイスペックなスマートフォンの普及
保有者数は9億人に迫っており、格安データプランと相まって、誰もが手軽にゲームへアクセスできる環境が整っている。2023年にはAppleがインドに初の直営店を開設するなど、高機能端末への需要も拡大している。今後様々なゲームをストレスなく楽しめるようになるのかもしれない。
3. アニメ人気の高まり
コロナ禍以降、ストリーミングサービスの普及によってアニメ人気が急上昇。2025年1月には『Free Fire』と『NARUTO』(※3)のコラボも行われた。『Free Fire』は2025年1月に世界で最もダウンロードされたモバイルアプリで、3,700万ダウンロードのうちインドが世界最大で34.8%を占めた。この背景には、アニメファンのゲームへの関心が高まったことも考えられえる。
4. 政府のデジタル投資
「デジタル・インディア」構想のもと、政府はデジタルインフラ整備に注力している。農村部ではインターネットの普及が進み、都市部では5G対応が加速している。これにより、VR/ARなど先進的なゲーム体験の普及も期待されている。また、フィンテック、Eコマース、モバイルゲームなどのデジタル関連産業への投資も行われている。
5. 課金ユーザーの増加
「ゲーム=無料で楽しめるもの」という価値観があるものの、近年は無料ゲームだけでなく、モバイルゲームへの課金ユーザーの数も増加している。2024年のLumikaiのレポートによると、全ゲームユーザーのうち25%はゲーム内購入や課金を行っており、課金ユーザーは前年比6%増加した。『BGMI』、『Free Fire Max』、『Clash of Clans』など”Midcore”ゲームが課金ゲームの中心で、海外のパブリッシャーはインドでアプリ内課金だけで収益を上げられるようになっている。ユーザーは新しいコンテンツやゲーム内アプリのアップデートに課金をしており、”Midcore”ゲーマーはゲームをより深く楽しむことを求めている様に思える。
Lumikai 『Levelling up: State of India Interactive Media & Gaming Research FY’24』より筆者作成
6. デジタル決済の普及
ゲーム内課金を容易にしているのが、UPIやデジタルウォレット(※4)である。UPIは広く利用されており、日常生活において現金を使う機会はほとんどない。モバイルゲームにおける決済も数秒で完了できる。上記Lumikaのレポートによると、課金の際にUPIを使用したユーザーが全体の70%で、2位以降が10%程度であることから、決済手段で圧倒している。筆者もあるゲームでUPIの決済画面を誤って押したことをきっかけに、パスワード入力のみの手軽さに気が緩み、課金をした経験がある。可処分所得の増加とともに課金ユーザーの拡大が見込まれている。
課題と展望
ゲーム市場の成長には明るい材料が揃っているが、課題も存在する。規制やサイバー対策、プライバシーの問題は各国の共通事項であるため割愛するが、「①収益化の難しさ」「②文化的背景」「③インフラの不安定さ」が課題として挙げられる。
1. 収益化の難しさ
多くのモバイルゲームユーザーが無課金であり、特にカジュアルゲームは広告収入に頼らざるを得ない。
2. 文化的背景
「ゲーム=無料で遊ぶもの」という価値観や、ゲーム機でのプレイ経験が乏しいこと、日本と異なる言語環境が市場参入の障壁となる可能性がある。インドのゲーム市場で成功するためには、言語のローカライズ化も考えておく必要がある。
3. インフラの不安定さ
通信環境や電力供給は都市部であっても不安定なことがあり、ゲーム体験に支障を来すケースも少なくない。インフラに関しては、今後数年で劇的に解決されるとも限らず、こうした状況が存在する前提で考えておく必要がある。
インドのゲーム市場は、日本企業にとっても大きな可能性を秘めた成長市場といえる。日本のゲームがインドでも高い存在感を発揮する日が訪れることを願う。
注釈
※1:BGMIはBattlegrounds Mobile Indiaの略で、人気バトルロイヤルゲーム「PUBG Mobile(PlayerUnknown's Battlegrounds Mobile)」のインド専用バージョンです。2020年、インド政府が「PUBG Mobile」を含む中国製アプリを安全保障の懸念から禁止したため、開発元のKrafton(韓国)がインド市場向けに調整・再設計した。Free FireはGarenaが開発・配信するモバイル用バトルロイヤルゲーム。開発初期から「ミッドレンジ以下のスマホでも遊べる」よう最適化されている。これら、カジュアルゲームとハードコアゲームの中間に位置するゲームは”Midcore”ゲームと呼ばれている。
※2:インドのコミコン(Comic Con India)は、国内最大級のポップカルチャーイベントで、コミック、アニメ、映画、ゲーム、コスプレなど、多彩なポップカルチャーを祝うイベント。デリー、ムンバイ、バンガロール他、インドの主要な大都市で開催。(https://www.comicconindia.com/)
※3: Narutoとのコラボゲームは無料でプレイが可能。ただし、限定アイテムやプレミアムアイテムには課金が必要(Garena Free Fire、https://ff.garena.com/en/article/1438/ )
※4:「UPI」とは「Unified Payments Interface」の略で、インド国内で非常に広く使われているデジタル決済システム。銀行口座と直接紐づいており、銀行口座の残高の分だけ、QRコードや電話番号を通して個人・店舗の誰にでも送金をすることが即時可能。主なアプリとしてGoogle PayやPaytm、PhonePe等はある。UPIの運営元がインド政府とインド準備銀行のため、国家レベルのインフラとなっている。一方、「デジタルウォレット」は。あらかじめウォレット内にチャージをしておき、チャージした残高を使って支払いを行う。Amazon PayやPaytm Wallet等がある。
〈出典〉
・Lumikai, Indian Gaming Market: https://www.lumikai.com/post/indian-gaming-market-to-reach-9-2-bn-by-fy29
・Google Play Ranking, The Top Grossing Games in India: https://www.appbrain.com/stats/google-play-rankings/top_grossing/game/in
・Desk log Io, Average Salary In India 2025: https://desklog.io/newsletters/average-salary-in-india/
・Market Research Future, Gaming Pc Market Overview: https://www.marketresearchfuture.com/reports/gaming-pc-market-26477
・EMR, India Gaming Console Market Size and Share Outlook - Forecast Trends and Growth Analysis Report: https://www.expertmarketresearch.com/reports/india-gaming-console-market
・ASO World, Top 10 Global Mobile Game Downloads in January 2025: https://marketingtrending.asoworld.com/en/news/top-10-global-mobile-game-downloads-in-january-2025/
・Games Industry. biz, Why India's games spending is expected to reach $9.2bn in five years: https://www.gamesindustry.biz/why-indias-games-spending-is-expected-to-reach-92bn-in-five-years
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執筆者プロフィール
赤塩 健太
インド・バンガロール在住の日本人リサーチャー。7年間の小学校教諭からリサーチ業界へ転身。主に食品や飲料などのFMCG案件を担当。近年増加傾向にあるエンタメ関連の案件への理解を深めるため、バンガロールで開催されるアニメやゲームイベントには可能な限り足を運び、全参加を目指している。
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編集者プロフィール
チュウ フォンタット
日本在住14年目マレーシア人リサーチャー。Global Market Surferのサイト作りを担当。