
1.はじめに
フィリピン人の「明るさ」「人懐っこさ」「人当たりの良さ」といった特徴は、しばしば「国民性」として語られる。人々はとても陽気で、ユーモアがあり、子どもからお年寄りまで「楽しむこと」が生活の中に自然に溶け込んでいる。
しかし、そんな彼らの歩んできた歴史を振り返ると、スペイン統治、アメリカ統治、日本占領、そしてその後の政治的な不安定さなど、決して明るいことばかりではない。フィリピンは常に外からの変化にさらされながら生きてこなければならなかった背景がある。外から押し寄せる大きな変化に対して、個人の力ではどうしようもなく、受け入れざるを得ない局面も多かったはずだ。
そうした経験の積み重ねが、外の変化を受け入れることを当たり前にし、現実に合わせて暮らしを組み替えていく「柔軟さ」を自然に育んできたのではないだろうか。
この柔軟さを象徴する言葉として、タガログ語の「Bahala na(バハラ・ナ)」がある。予定通りにいかない状況や困難が生じたときに、「なるようになる」「なんとかなる」という意味合いで使われ、うまくいかない状況を深追いせず、「今はこういうものだ」と受け流すときにも使われる。
2.助け合いで成り立つ暮らし
災害が多く、経済的・社会的な不平等も拡大しつつあるフィリピンでは、突然の大雨や浸水、交通量の増加、大渋滞といった出来事が、人々の生活の前提を揺らがす要因になる。
著者自身も生活者として、日々の学校の送り迎えや食品の買い出しで車を使うが、年々車の数が増える一方で、インフラ整備が追いついていないと感じる場面が少なくない。
例えば、大きなジャンクションでは信号がないため、複数人の交通誘導員(トラフィックインフォーサー)が手信号で交通を回している。彼ら/彼女らは早朝からコーヒーやクラッカーを手元に備えながら、日常の一部として、行き交う車やバイクの流れを整えている。

写真1:信号のない大きな幹線道路。
台の上に手信号で、高速道路や下道から入ってくる車を捌いているトラフィックインフォーサー。
軽快なダンスで楽しませてくれる時もある。
「整える」と言うと立派だが、実際は車もバイクも一斉に動き出し、交差点が一瞬、“勝負どころ”になる。
日本のように仕組みで交通を制御するというより、現場の状況を見ながら交通の流れを調整し、とにかく成立させているのだ。
長期的なインフラが十分に整っていない状況の中でも、その場に合わせて成り立たせるという発想は、フィリピンの柔軟さを端的に表していると言える。
ただ、日本人からするとこの柔軟さは、「問題を解決する」というより「その場をうまく乗り切っている」ように見えるかもしれない。
日本では仕組みやルールで再発を防ぐ発想が強い一方、フィリピンでは不確実性を前提に生活せざるを得ないため、その場の調整や人の手によって成立させる場面が多く見られる。
そうした場面で人々は「Bahala na」という言葉の通り、状況を受け止め、受け流しながら日常を成り立たせていく。
3.文化からアプリへ:「確実に生活を成り立たせるための消費」
同時に、移動の負担が大きく不確実な日々は、生活者にとって大きなコストでもある。
こうした環境の中で、フィリピンでは以前から移動や買い物の不便さを、人と人とのつながりで補う文化が育まれてきた。代表的なのが「SUKI(スキ)」文化である。
SUKIとは、「信頼できるなじみの客」や「ひいきの店・顧客」を意味するタガログ語で、売り手と買い手の間に築かれる継続的な信頼関係を指す言葉である。単なる常連客というよりも、互いに顔を覚え、状況に応じて融通を利かせ合う関係性を含んでいる点が特徴だ。
この関係性の中では、割引や優先対応といった“お得意様待遇”が自然に発生することも多く、売買を超えた心理的な信頼や忠誠心が生まれやすい。実際に、薬局や小売店では「SUKIカード」といった名称で会員制度が展開されるなど、この概念は日常生活の中にも深く浸透している。

※上記画像は、AI生成したイメージ画像です。
なお、響きは日本語の「好き」を連想させるが、語源的な関係はない。
SUKIは主に買い物の場で見ることが多いが、特に学校の行き帰りなどの移動にも表れ、学校の送迎をお願いできるトライシクルなど、顔なじみの運転手に頼る形で日常の足が成り立っている場面もある。
渋滞や天候で予定が崩れやすい日常の中でも、迎えの時間を柔軟に調整してくれたり、子ども連れや荷物の状況に合わせて融通を利かせてくれたりすることがある。
こうした助け合いは単なる「お得意様サービス」というより、インフラが十分に整いきらない環境で移動を成立させるための、フィリピンらしい柔軟さに支えられた仕組みとして機能してきた。
現在もSUKI文化が残る中、近年はこうした「関係性のインフラ」をアプリが一部代替し、より広い範囲へと標準化しているように見える。
フィリピンの日常では若者層を中心に、GrabやJoyRide、Angkasといった配車サービスが定着し、GrabFoodやfoodpanda、Lalamove、Pick-A-Roo、GrabPabiliといったサービスが生活導線に組み込まれている。

配車サービスでは、気に入ったドライバーを「お気に入り」として登録できる機能もあり、「確実に頼める相手」を確保する動きが見られる。
これは、SUKI文化がデジタルの中で形を変えて続いている例とも言えるだろう。
4.「行く」より「呼ぶ」:ホームサービスに表れる柔軟な暮らし
フィリピンの柔軟さは、移動や買い物だけでなく、サービスの受け方にも表れている。
渋滞や突然のスコールなどによって、外出が予定通りに進みにくい日常では、「お店に行く」よりも「家に呼ぶ」方が合理的な場面が少なくない。
そのため、フィリピンでは出張型サービスが広く浸透している。
散髪、ヘアリボンド(ストレートパーマ)、まつ毛エクステンション、ネイル、ヒロット(フィリピン伝統のオイルマッサージ)、さらには大工や修理人まで、生活のさまざまなサービスが“自宅に来るもの”として受け入れられている。
特に特徴的なのが、「Paluto(パロート)」と呼ばれる文化だ。これは料理人を自宅に呼び、その場で調理を依頼するスタイルで、家庭の集まりやイベントを支えるフィリピンならではのホームサービスとして定着している。
これらは一部の富裕層向けの特別なサービスではなく、所得層を問わず日常的な選択肢として利用されている点が特徴である。
近年ではさらに、ホームサービスの領域が広がっている。
ヨガやピラティス、ウェイトトレーニングといったフィットネスに加え、介護や新生児ケアなど、生活のより深い領域にも浸透しつつある。
筆者自身も、妊娠中から産後にかけて母親を支援するドゥーラ(Doula)による自宅レッスンを受けた経験がある。人生の節目に関わるサポートまでもが、“自宅で完結するサービス”として成立していることに驚かされた。
また、こうしたホームサービスはSNSとの相性も良く、Instagram上でもサービス内容を簡単に確認することができる。
例えば、マッサージサービスを展開するBeyond Massage PHでは、一般的なリラクゼーションマッサージに加え、マタニティマッサージなども提供している。
さらに、スパブランドのNuyu Spaでは、バレンタイン向けにカップルマッサージプランを展開。フットスパやネイル、ペディキュアに加え、LEDライト付き風船をセットにした演出など、“体験そのもの”をパッケージ化したサービスも見られる。
このようにフィリピンでは、「決まった場所へ行く」のではなく、「状況に合わせて必要なサービスを呼ぶ」という発想が、日常生活の中に自然に組み込まれている。
つまりホームサービスとは単なる利便性ではなく、不確実な環境の中でも生活を柔軟に成立させるための、フィリピンらしい消費スタイルなのである。
5.まとめ
フィリピン社会を支えているのは、「Bahala na」に象徴される柔軟な思考である。
それは単なる楽観ではなく、不確実な環境の中で日常を成立させるための現実的な適応力だ。仕組みで完璧を目指すのではなく、その都度最適な方法を選び、柔軟に組み替えていく。
日本が「整える社会」であるのに対し、フィリピンは「対応する社会」といえる。
一見すると「適当」に見える行動の裏には、環境に適応しながら生活を成立させるための合理性が存在している。この柔軟さこそが、フィリピンという市場を理解するうえでの最も重要な視点である。







