目次
1.はじめに:Japan Brand 〜失われた存在感と再成長の可能性〜
「私たちの世代は、ドラえもんやポケモンなどのアニメを見て育ちました。両親は日本ブランドを信頼していて、実家の車や家電は基本的に日本ブランドです。中国ブランドですか?ニセモノや品質の悪い商品もあるので、不信感が強いですよ。」
日本ブランドの現在地を知るため、10代~30代のタイ人女性たちに話を聞くと、「日本ブランドは安心」「壊れない」と口をそろえた。一方で、中国ブランドに対しては、依然として根強い不信感がうかがえる。
しかし、彼女たちの言葉とは裏腹に、タイ人の日常には中国発のブランドやサービスが広く浸透している。情報収集には中国発のアプリ「TikTok」を使い、バッグには中国の「POP MART」のキャラクターを付け、街には中国メーカーのEV(電気自動車)が走る。兄弟や友人の間では、中国旅行や中華レストラン、中国ドラマも人気だという。

30代を中心に人気が高まっているフィットネス競技「HYROX(ハイロックス)」
多くのインフルエンサーも参加した2026年8月開催の「HYROX BANGKOK」では
中国の自動車メーカーBYDがタイトルパートナーを務めた
2.家電:価値観の変化で浸透する中国ブランド
タイの一般的な中所得層の家庭では、どのような家電ブランドが選ばれているのだろうか。
テレビのようにリビングに置かれる「見せる家電」は、画面の美しさやデザイン性、価格とのバランスが重視され、韓国ブランドが強い。一方、冷蔵庫やエアコンなど長く使う大型家電では、「壊れない」「安全」という信頼性が購入の決め手となり、多少価格が高くても実績のある日本ブランドを選ぶ人もいる印象だ。それに対し、扇風機や掃除機、体重計などの小型家電では、中国ブランドの存在感が高まっている。
しかし、こうしたブランドのすみ分けも、決して固定的なものではない。
約10年前にタイへ本格進出した中国のスマートフォン・家電メーカーXiaomi(シャオミ)。大気汚染への懸念の高まりやコロナ禍を背景に、同社の空気清浄機や掃除機、トースターなどの小型家電が家庭に浸透していった。手頃な価格と、インテリアになじむシンプルなデザインが特徴だ。実際に使用した消費者は、品質への不満を感じたり、コストパフォーマンスの良さに満足したりと、その体験をSNSで共有してきた。
この約10年間は、タイの消費者にとって中国家電の「試用期間」だったともいえる。その過程で、家電選びの価値観も「高くても長く使える良品=日本ブランド」から、「安価でデザインがよく、壊れたら買い直す=中国ブランド」へと変化してきたのではないだろうか。
日本ブランドへの信頼は今も厚い。それにもかかわらず、実際の生活では中国ブランドが選ばれる場面が増えている。タイの消費者は、何を基準にブランドを選んでいるのだろうか。また、日本ブランドの存在感は、中国や韓国ブランドの台頭によってどのように変化しているのだろうか。
本記事では、タイの消費者の目線から、日本・韓国・中国ブランドの存在感と、その背景にある価値観や購買行動の変化を探っていく。なお、タイでは所得層によって購入する商品やブランドが大きく異なるため、今回は、これまで日本ブランドを主に購入してきた中所得~中高所得者層を中心に取り上げる。

ショッピングモール内の家電売り場では、
いつの間にか中国ブランドの売り場スペースが広がっていた
2026年2月、タイの情報サイトMarketeerは、2025年の国内家電市場規模が840億バーツ(約4,000億円)に達し、ブランドの国別シェアでは中国ブランドが約50%、残る約50%を日本と韓国ブランドが占めると報じた。また、報道サイトTNNも、中国企業による日本メーカーの家電事業買収などを背景に、長年親しまれてきた日本ブランドに代わって中国ブランドが台頭していると伝えている。家電市場において、日本ブランドの存在感が以前より確実に薄れている。
報道サイトTNN
近年は、中国ブランドによる大型家電の値下げプロモーションも目にするようになった。SNSでは、中国ブランドのエアコンをお得に購入し、実際に使って満足しているといった好意的なレビューも見られる。今後、大型家電の買い替え時期を迎えた消費者が、中国ブランドを選択肢に入れる可能性は十分にあるだろう。
では、タイの消費者は一定の品質を備え、価格が手頃であれば、ブランドを問わず購入するのだろうか。中国ブランドでは価格と品質のバランスが重視される一方、日本や韓国、欧米ブランドにも同じ価値基準が当てはまるのか。この点は、今後のブランド選択を考えるうえで興味深いところだ。
3.化粧品:SNSが変える「中国コスメへの不信感」
化粧品やスキンケア商品では、今も日本ブランドの存在感が大きい。CANMAKEやCEZANNEなどの化粧品は10代~30代の女性に人気があり、肌ラボや毛穴撫子といったスキンケア商品も根強い支持を得ている。肌に直接触れる化粧品は品質や安全性が重視されるため、日本や韓国、欧米ブランドを「安心して使える商品」として選ぶ傾向がある。一方、今回話を聞いた女性たちは、いずれも中国ブランドに否定的だった。中国製品を使って肌が荒れたという話を身近で聞いたことがあり、直接肌に触れるものだからこそ避けたいという。化粧品カテゴリーでは、日本ブランドは韓国や欧米ブランドと並び、依然として高い信頼を得ている。
しかし、こうした化粧品ブランド選択の基準も、今後変わっていく可能性がある。その背景にあるのが、TikTokをはじめとするSNSの影響力だ。若い女性たちの話を聞いていると、SNSで繰り返し目にする商品への関心が、ブランドの国籍に対するロイヤリティを上回ることがあると感じる。
例えば、スキンケアなら日本ブランドという女性が、最近購入したのは韓国ブランドmedicube(メディキューブ)の美顔器「ブースタープロ」だった。韓国のガールズグループBLACKPINKのタイ人メンバーLISAが、2025年末に自身のInstagramで紹介したことをきっかけに、タイでも注目を集めた商品だ(https://vogue.co.th/beauty/article/lisa-skincare-routine-medicube)。彼女もSNSで何度も目にするうちに気になって購入し、さらに同じブランドの化粧水も買い足したという。
中国コスメに否定的な女性たちも、中国ブランドFlower Knows(フラワーノーズ)については、TikTokでよく見かけるため気になっていると話した。Flower Knowsは、お姫様気分を味わえる華やかなパッケージが特徴で、その世界観がSNSで自発的に拡散される「物語ごと売る」ブランドとして支持を広げている。タイ人によるレビューも多く、見た目のかわいらしさだけでなく、品質についても肯定的な評価が見られる。
お姫様気分を味わえるFlower Knowsは品質にも定評がある
タイでは化粧品カテゴリーでも中国ブランドが台頭し、「C-Beauty(中国コスメ)」という言葉も浸透しつつある。2025年6月の報道サイトPost Today(https://www.posttoday.com/smart-sme/725936)によると、タイの中国製化粧品輸入額は2024年に53億バーツ(約250億円)と過去最高を記録した。これはコロナ禍前の1.5倍に相当し、2019~2024年の年平均成長率は8.4%に達している。実際に化粧品売り場でも中国ブランドのブースが増えており、日本や韓国ブランドに迫る勢いが感じられる。
4.食品:日本文化への高評価、その人気を取り込むのはタイ人
食品カテゴリーでは、外食や日本原産の食材を中心に、日本の存在感は今も大きい。
タイでは日本食の人気が高く、健康的で洗練されたイメージが定着している。近年、特に人気を集めているのが、回転寿司チェーン店や抹茶ドリンク。しかし、日本食への好意的なイメージが、そのまま「日本ブランド」の強さに直結しているかというと、実態は少し異なる。
その象徴が、タイで広がる抹茶ブームだ。抹茶の消費は急拡大し、日本からの茶の輸出量もここ数年で大きく伸びている。しかし、現地でブームをけん引しているのは、日本で抹茶の知識やいれ方を学んだタイ人たちだ。彼らはバンコクに抹茶専門カフェを開き、タイの気候や消費者の好みに合わせた飲み方やメニューを次々と生み出している。
「日本」という原産地のイメージは、確かに好意的に受け止められ、日本の食文化への評価も高い。一方で、その人気を商品やサービスとして展開し、現地の消費者を取り込んでいるのは、タイ人自身でもある。日本文化への高い評価が、必ずしも日本企業や日本ブランド商品の購入に直結しているわけではない点には、注意が必要だ。

タイ人オーナーが経営する抹茶カフェ「ミニ」、店頭にはいつも行列が見られる
5.日本ブランドへの信頼は健在。再成長の鍵は「情緒とストーリー」
日本が文化や技術力によって数十年かけてタイで培ってきた信頼感は非常に高く、それが日本ブランド信仰のあるベビーブーマー世代(1946年〜1964年頃の生まれ)だけでなく、Z世代にまで受け継がれていることには驚かされる。身体に取り込むもの、肌に直接触れるもの、家族の暮らしの安全に関わる大きな買い物といった生活者との「距離が近い」領域では、今も日本ブランドは強い存在感を放っている。
一方、小型家電のような「距離が遠い」日用品では、タイの消費者は中国ブランドへの不信感を抱えながらも、手頃な価格やデザイン、コストパフォーマンスへの納得感から購入を受け入れている。中国ブランドへの不信感が完全に消えたわけではない。それでも、ブランドに対する意識より先に、実際の購買行動が変わり始めているのだ。
今回、特に印象に残ったのは、話を聞いたタイ人女性のうち数名が、気になる家電としてDysonを挙げたことだ。性能への評価が高いだけではなく、家電売り場でもひと際目立つ売り場づくりがされている。高価格・高品質という特徴に加え、ブランド独自の価値や世界観が伝わってくることも、タイの消費者を引き付ける理由なのだろう。

家電売り場でもひと際目立つDyson製品の売り場
高価格帯ながら、特別感のある売り場づくりが印象的だ
これまで「日本=高品質・高機能」というイメージは、タイで日本ブランドが選ばれる大きな理由だった。しかし、今回話を聞いた若い女性たちの購買行動を見ると、品質への信頼だけで商品を選ぶ時代ではなくなっていることが分かる。
SNSで思わず共有したくなるデザインや世界観を持つ中国コスメブランドのFlower Knows、独自の価値と特別感を伝えるDyson。現代のタイ消費者を引き付けているのは、機能や品質に加えて、そのブランドにしかない魅力やストーリーなのかもしれない。
長年培ってきた品質への信頼は、今も日本ブランドの大きな強みだ。その強みを生かしながら、消費者が共感し、憧れ、誰かに語りたくなるような価値をどう伝えていくか。そこに、タイ市場における日本ブランドの再成長のヒントがあると感じた。





